辞めたいと言った同期が、私に教えてくれたこと

常務ブログ

2026.06.11

高校生や学生の皆さんは、

「勉強ができる人がすごい」
「運動ができる人がすごい」
「良い大学に行けば将来は安心」

そんな風に考えることがあるかもしれません。

私も若い頃はそうでした。

そして自衛隊に入隊した頃の私は、今思えばかなり勘違いしていました。

私は不動産営業を経験した後、20代後半で自衛隊に入隊しました。

同期の多くは20歳前後でした。

最初は年齢差を気にしていましたが、訓練が始まるとそんなことは関係ありませんでした。

年齢も学歴も関係なく、同じ目標に向かう仲間でした。

さらに私は体力に自信がありました。

体力検定は1級を取得し、教育隊も約120人中3番で卒業しました。

正直に言うと、その頃の私はかなり調子に乗っていました。

20代後半で入隊したにもかかわらず、教育隊では上位の成績でした。

「意外とやれるな」

そう思っていました。

むしろ、

「自衛隊も思ったほど大したことないな」

くらいに思っていたかもしれません。

今思えば恥ずかしい話です。

しかし、自衛隊生活を通じて、その考えは大きく変わりました。

私は体力しか見ていなかった

教育隊に一人の同期がいました。

当時の私には、その同期は体力がなく、訓練についていくのに苦労しているように見えました。

訓練でも遅れがちでした。

教官によく怒られていました。

私は正直、その同期のことが理解できませんでした。

なぜできないのか。

なぜそんなことで苦労するのか。

ある時、その同期が私に言いました。

「辞めたい」

私は心の中で思いました。

「向いてないなら辞めればいい」

今思えば、本当に傲慢でした。

人を体力や成績だけで判断していたのです。

その同期は結局、私が退役するまで自衛隊を続けました。

最後までやり抜いたのです。

山岳訓練で気付いたこと

そんな私の考えを変えたのが山岳訓練でした。

山の中で約1週間続く訓練です。

数十キロの装備を背負いながら移動し、限られた休息の中で行動を続けます。

まともに眠ることもできません。

体力だけでなく精神力も試される訓練でした。

当時の私は体力に自信がありました。

教育隊でも上位で卒業していました。

だからこそ、

「自分はできる」

と思っていました。

しかし本当は違いました。

できると思われている以上、弱音を吐けない。

苦しいと言えない。

周囲の期待を裏切れない。

そう思い込み、自分で自分を追い込んでいました。

気付けば、ずっと気を張っていました。

疲労が限界に近づいたある時、

その同期が声を掛けてきました。

「大丈夫か?」

たった一言でした。

でも、その一言が妙に胸に引っ掛かりました。

正直、恥ずかしかったのを覚えています。

そして少し腹も立ちました。

ずっと自分の方が上だと思っていた相手だったからです。

体力も自分の方がある。

成績も自分の方が良い。

そう思っていました。

だから、

「お前に心配されたくない」

そんな気持ちもありました。

今思えば、本当に未熟でした。

私は体力しか見ていませんでした。

しかし、その同期は仲間を見ていました。

班長はもっと先を見ていた

山岳訓練が終わった後も、私はあの時のことが気になっていました。

正直、その同期が私に声を掛けてきたことが不思議でした。

当時の私にとって、その同期は人を心配したり励ましたりするような存在ではありませんでした。

少なくとも私はそう思い込んでいました。

だから私は同期に聞いてみました。

「あの時、なんで俺に声を掛けたんだ?」

すると同期はあっさり答えました。

「実はあの時な。」

「班長から言われたんだよ。」

「佐伯がしんどそうだから声掛けてやれって。」

正直、さらに恥ずかしくなりました。

自分では平気な顔をしているつもりでした。

弱音なんて見せていないつもりでした。

でも班長には全部見抜かれていました。

調子に乗っていることも。

無理をしていることも。

強がっていることも。

全部です。

当時は、なぜ班長が直接言わなかったのか不思議でした。

しかし今は分かります。

人は正論を言われても、すぐには変われません。

特に調子に乗っている時はなおさらです。

班長は私を叱るのではなく、同期に声を掛けさせました。

そして私は同期の一言で初めて自分を見つめ直しました。

今思えば、あれも教育だったのだと思います。

今振り返ると、二人のおかげで自分の未熟さに気付くことができました。

同期は仲間を見ることを教えてくれました。

班長は人を見ることを教えてくれました。

そして当時の私は、自分のことしか見えていませんでした。

ただ、自衛隊ではそれは特別なことではありません。

仲間が苦しんでいたら声を掛ける。

動けなくなりそうなら支える。

それが当たり前でした。

誰かを助けたから偉いわけではありません。

助けられたから借りができるわけでもありません。

任務を達成するために必要なことだったからです。

建設業でも同じだった

現在、私は建設業に携わっています。

業界は違いますが、本質は同じです。

不動産営業、自衛隊、建設業。

振り返ると全く違う世界を歩いてきたように見えます。

しかし共通していたことがあります。

それは、一人では仕事はできないということです。

現場には様々な人がいます。

中学校卒業後に職人になった人。

高校卒業後に働き始めた人。

大学卒業後に入社した人。

ベテランもいれば若手もいます。

経歴は違います。

年齢も違います。

しかし目指すものは同じです。

安全に、そして良い品質で地域に残るものをつくることです。

職人さんは施工管理の部下ではありません。

同じ目標に向かって働く仲間です。

施工管理は工程や品質、安全を管理します。

しかし、

コンクリートは打てません。

鉄筋は組めません。

重機も動かせません。

職人さんがいなければ、施工管理という仕事は存在できません。

図面だけでは建物は建ちません。

工程表だけでは道路は完成しません。

施工管理の仕事は、人の上に立つことではありません。

仲間が力を発揮できる環境をつくることです。

現在、私は組織を見る立場になりました。

若い頃は、自分が成果を出せばいいと思っていました。

しかし今は違います。

自分を見るより、周りを見る時間の方が増えました。

一人の成果よりも、組織全体の力をどう高めるかを考えるようになりました。

組織能力を最大化すること。

それが今の私の役割だと思っています。

それは山岳訓練で学んだことと同じです。

だからこそ、周りを見ることを忘れないでいたいと思っています。

そして、自分が教わったことを少しでも周りに伝えていけたらと思います。

おわりに

自衛隊では任務を達成するために仲間が必要でした。

建設業では地域に残るものをつくるために仲間が必要です。

目的は違います。

でも本質は同じでした。

私は若い頃、一人でできることが強さだと思っていました。

しかし今は違います。

仲間を支えられること。

仲間に支えられること。

それが本当の強さだと思っています。

私は体力しか見ていませんでした。

同期は仲間を見ていました。

班長は人を見ていました。

一人でやる方が楽かもしれません。

でも、仲間とやる方が楽しい。

自衛隊でも建設業でも、そのことは変わりませんでした。